縋る


幸せになり損ねた。大学4年、就職先決まらず、彼氏なし。

「お前相変わらず不幸そうな顔してんなーまじ」
「えー、酷い」

大学の帰り、いつものバスに乗り込むと一番後ろの席にブン太が居た。
ブン太は3ヶ月ぶりに見る私の顔をそう評価した。不幸そうな顔、否定は出来ないけど少しだけ哀しい。別に不幸そうな顔だからって特別不幸な事が有る訳でもない。私は何も無さ過ぎる位だ。特別嬉しい事もない代わりに悲しい事もない。それが私の毎日だった。だから悩みごとが有る友達が羨ましかった。何でも全ての人の事を羨ましいと思いながら過ごしているから不幸そうに見えるのかもしれない。
彼はそんな私とは違う。昔からいつも幸せそうな顔をしていた。中学のときも、高校の時も、今、大学生になってからも、毎日が楽しそうだった。彼も私の羨ましいの対象だった。

「ブン太は相変わらずだね」
「ん、まあそらな、3ヶ月で変わるわけねえじゃん」
「だね、私も変わらずだし・・・」
「つーかお前んな顔してたら男寄ってこなくね?」
「うん、寄ってこない」

実際のところ物好きな男も居るもので寄って来ない訳ではない。でも一瞬で飽きられる。面白い話は出来ないし、可愛げもないし、弄りがいも無い。つまり私はつまらない女だった。だから寄って来たとしても皆、瞬間で私から手を引く。
それに私は、情けないことに自分を不幸そうと言ったブン太のことが好きだった。だけどアクションを起こしたことは無い。特別自分からメールも電話もしない。ただ気分でかかってくる電話に出て、たまに気分で来るメールに返事をし、たまにこうやって一緒になるバスで話すくらいだ。私の恋愛経験はソレしかなかった。私が男だと思えるのはブン太だけだった。
私と違いブン太は昔からそこらの女の子と少し付き合っては別れを繰り返している。浮気をして、ばれて、振られて。逆に浮気されていたこともあった。なのに繰り返す学習能力のない馬鹿な男だ。馬鹿に長年想いを馳せてる私はもっともっと馬鹿だ。

「俺もそろそろ落ちつかねえとやばいし」
「うん、私もそう思うよ?」
「じゃあお前んとこに落ちつこっかなー」
「何それ」

冗談ぽくブン太が笑った。同じように笑えたら良かったんだけど笑えなくて動揺を隠すために彼の肩を叩くと、思いのほか力が入ってしまった。バシンと大きな音がガラガラのバスに響く。その音に反応して、前のほうの二人席を一人で陣取っている買い物袋からネギを出したおばさんが吃驚した形相で此方を見た。

ブン太は昔にも一度同じようなことを言ったことがある。高校3年の冬、補習になったもの同士一緒に帰っていた時だった。その時は私がはぐらかして帰った。あの時に、いい返事をしていれば、と何度も後悔した。

そして今、同じ状況に遭遇している。

「・・・いてえし!」
「反応遅いよ」
「またそうやってはぐらかすだろー」
「・・・私なんかに落ち着いたらブン太も不幸そうな顔になっちゃうかもよ?うつったりして」

我ながらこれはないだろうと思った。可愛くないにも程がある。もっと素直に返事をすればいいように転ぶかもしれないのに私は昔から素直になれない。

「んー、俺って結構幸せそうじゃね?」
「うん」
「だから逆に俺のがお前にうつるかもしんねーし」
「えー」
「んなもん付き合ってみねーとわかんねえって」
「そうだね」

ブン太は不幸そうな私に落ち着いていいのだろうか。付き合えるとなると正直に嬉しいけれどすぐ冷められるような気がする。それにブン太は本当に落ち着くんだろうか。私だって浮気されかねない。でももうそんなのどうでもいい気もした。今までなかった幸せを今逃すわけにはいかない。

「で?駄目なの?」
「んー、うん、いいよ」
「そ、よかった」
「うん」
「てかお前駅過ぎてる」
「えっ、嘘、あ、ほんと、え、どうしよ」
「俺ん家くれば?」

吃驚したけどブン太は平然としている。本当に手早いんだなと思ったけど馬鹿を好きになったのは私だ。もう今、縋るものはブン太しかない。どうにでもなればいいと思った。やっぱりブン太以上に私は馬鹿だ。

「いいの?じゃあお邪魔しようかな」




(2010/6/11) inserted by FC2 system