振り回す





「ちょ、臭いッス」


嫌そうな顔が可愛くて赤也の顔面に煙を吹きかけると「うぜえ!」と言って赤也は私と距離を置いた。

「何で離れんの」
「いや、そりゃそうっしょ」
「酷い、愛情表現なのに」
「嬉しくねー」

中学三年生の時に仁王とブン太とよく遊んでいて、元々その二人と仲の良かった赤也とも自然と仲良くなった。それから中学を卒業して会う機会は全く無くなったけれど、高校で再会してから直ぐに私達は何故か俗にいうセックスフレンドという不純な関係になってしまった。赤也から告白は何度かされたもののどうも付き合う気にはならなかった。

「先輩、やっぱ付き合うべきだと思うんすけど。俺ら」
「何でそうなるの」
「だってこんなことやっちゃってるし?」
「今更じゃん」
「俺はアンタが好きだからしてんスよ」
「好きだからか・・・」


赤也の事を嫌いか好きかって言われたら間違いなく好きだ。でも多分それは世間一般の恋愛対象に向ける好きという感情ではない。だからといって性別を超えた友達だと思っている訳ではないけれど。そりゃあ赤也が死んだら泣くだろうし、赤也が居ないと寂しいし、赤也と居たら楽しいし落ち着く。だけど何か違う。何か欠けている気がする。でも、そもそも好きという感情の基準が曖昧すぎて私にはよく分からない。

「んー、やだ」
「これで先輩に振られるの8回目ッス」
「え。本当?そんなに?」
「はい」

不機嫌そうに返事をした赤也の片足が揺れ始める。これはイライラしている時に赤也が無意識のうちに必ずする行為だった。
初めて告白された時は付き合わないと言えば心底驚いていたし、何故かキレられた。2回目は「絶対好きにさせてみせる」と自信に満ちた宣言をされた。3回目からはあまり覚えていない。「好きにさせてみせる」にはだいぶ期待していたけれど、付き合おうと思う事はやっぱり無かった。

「・・・じゃあもうこういうの止めません?」
「何で?」
「いや、だっておかしいでしょ。それに俺この儘だと一生彼女出来なそうなんで」
「嫌だよ」

我儘なことに私は赤也に好きでいて欲しかった。赤也に彼女が出来たら。そんなの絶対に嫌だ。我儘な事も最低な事も分かっている。でもこれがどうしようもない私の本心だ。
自己嫌悪に苛まれながら床に落ちていたワイシャツに袖を通す。

「じゃあ先輩どうしたいんスか」
「私は」

私は・・・。分からない。自分の事なのに全然分からない。別にセックスフレンドになる為に仲良くなった訳じゃないし、セックスが好きな訳でもない。仁王やブン太でも良い訳でもないし、赤也じゃないと多分駄目だ。赤也以外とした事が無いから絶対とは言い切れないけれど。

「でも私、赤也のこと好きになりたいよ」
「なってくださいよ」
「多分だけど・・・」
「ええー・・・何すかソレ」
「分かんない。でも好きになれないんだって」
「なろうとしてないんじゃないスか」
「してる筈だけど」


それなんか腹立つ、という赤也を見ながら思った。そのうち会ってくれなくなるかもしれないとか、本当に彼女を作られたらどうしようとか、飽きられたらどうしようとか。飽きられるのは仕方がないかもしれないけれど、彼女を作られるのだけは絶対に嫌だ。私が悪いのは分かっているけど絶対に嫌だ。
私の中は何度も自分から振っている男に対する独占欲と焦りでいっぱいだった。

気を紛らわす為にまた煙草に火を点けてワイシャツの襟を直す赤也の後姿目掛けて煙を吐き出した。

「それ家帰ったら姉貴とかに結構くせえって言われんスよ」
「いいじゃん、私の匂いだよ」
「仁王先輩も一緒の煙草です」
「ああ・・・」
「んなキツいのよく吸いますね」
「これぐらいが丁度良いの」
「早死にすんじゃないっすか」
「それでもいいや」

赤也の言う通り早死にしたっていい。こんなに答えの出ない煩わしい人生ならいっそのこと早く終わってしまえばいい。太く終われば短かろうがそれで良い。でも私の人生は現時点では太くもない。

「でもまだしたいこと何にもしてないな」
「何かしたい事あるんスか?」
「うーん」

したい事。髪の毛を染めたい。ネイルに行きたい。金額を気にせずお買い物がしたい。海外に行きたい。ひとり暮らしがしてみたい。海に行きたい。

「赤也、明日海行こうよ」
「はあ?明日学校ッスよ」
「知ってるけど、これがしたい事の中で一番出来そう」
「早死する気満々すか」
「それもいいかなーって思った」
「はあ、俺部活もあるし無理ッスよ」
「休もうよ〜、空気読んでよ」
「あのー、俺思ったんスけど」
「なによ」
「先輩が好きなのって自分だけじゃないスか?」
「・・・あー」

そう言われるとそんな気がする。確かに友達も、親も、仁王もブン太も、赤也も好きか嫌いかって言われたら好きだ。でもそれなりにどうでもいい。その中では赤也は好きな方だけど。自分しか好きじゃないって虚しい。それを赤也に気付かされるっていうのも何か虚しい。

「え、でも赤也もそうじゃない?」
「いや、だから俺は先輩のこと好きッスから」
「あ、そっか」
「えぇー」
「じゃあ赤也のこと好きになりたいから頑張ってよ」

先輩も頑張ってくださいよと言って赤也は私に唇を寄せた。そういう事じゃないって、コイツ本当分かってないと呆れながらも私から赤也の唇をこじ開けて舌を突っ込んで、さっき着たばっかりの赤也のワイシャツに手を掛けた。頑張ってなんて言いながら離れていきそうな赤也を必死に惹き止めようとしていた。どうしたいのかなんて自分でも分からない。


不束者



(2010/7/6) inserted by FC2 system inserted by FC2 system