ちょっとしたことがきっかけで愚痴るように慈郎に「家出がしたい」とメールすると、次の日彼はリュックにたくさんの荷物を詰め込んで私の家にやって来た。さんさんと降り注ぐ太陽の下で彼は汗だくになりながら太陽が反射してギラギラと光るママチャリに跨っていた。

「なにそのリュック」
「家出だよ」
「・・・え?」
「い、え、で!」
「え?本当に?」
「うん」
「え、自転車で?」
「うん」

慈郎はくりくりの子供みたいな目を三日月の形にして笑った。まさか本気だと思ってるとは思わなかった。本気じゃなかったとけど、家出は魅力的だった。ママチャリでも中学生の私からすれば充分だった。それに男と二人で家出とか、なんかちょっと大人みたいだし。

「誰も居ないからリビング上がってて、急いで荷物つめるから」
「やった、お邪魔しまーす」

ママチャリを止めると慈郎はスリッパを出す前にぺたぺたと素足で上がりこんでリビングにある二人がけのソファにちょこんと座った。麦茶を出すと喜んでごくごく喉を鳴らして飲んだ。その姿を見ると慈郎の子供の頃が安易に想像できた。

「家出ってどこいく?」
「うーん、結構何処でもいいなあ」
「お金は?」
「あー俺ちょっとしかもってない」
「私も今月のお小遣いしかないけど」
「まじ?」
「しかも自転車でいけるところって知れてるね」
「まあ雰囲気で」
「荷物って何つめた?」
「服とパンツとお菓子」

こいつ本当に家出する気あるのかなと思った。私は慈郎が持ってきてなさそうなものを大きなボストンバッグに詰めた。旅行用シャンプーリンス・ボディソープ・歯ブラシ・薬・ティッシュ・よく分からなかったけど一応判子もいれた。

「準備できた〜、行こっか」
「うん」

私たちは旅行ののりで家を出た。らしすぎるので探さないでくださいみたいな感じの置き紙は止めた。それにそんなこと言わなくても家族は私の事を探さない気がした。馬鹿でかいボストンバッグを背負って慈郎のママチャリの荷台に座った。

「え、俺が前〜?」
「そりゃそうでしょ、がんばれ男の子!」

渋々慈郎がサドルに腰を下ろしペダルを回すとママチャリはゆるゆると進み始めた。ここから私たちの家出がスタートした。歩くスピードと変わらない程だったママチャリだったけれど、暫くすると感覚を掴みはじめたのかそれなりのスピードで自転車は走り出した。結局行き先は決まらなかったので、とりあえず道に迷ったら左にまがる事にした。それに行きたいところがあったとしても私たちの土地感覚なんて知れたもので、行けるはずが無かった。それでも行き場の決まっていない家出に心が躍った。こんな事をするのは初めてだった。

「ねー慈郎」
「なに?」
「電車で行ったほうが遠くにいけたかもね」
「あー!そこまで思いつかなかったしー」

思いつくとか思いつかないとかのレベルじゃない気がしたけど、私は何一つしんどい思いをしていないから黙っておいた。それから迷う度左に曲がると4つ隣の駅に着いた。電車なら150円なのにな。とぼんやり思ったけどやっぱり黙っておいた。

その駅を通り過ぎて暫くすると慈郎が疲れたと根をあげ始めた。確かに後ろに乗ってるだけでも少し疲れた。後ろに私を乗せて自転車を漕いだ慈郎はもっと疲れただろう。

もう暫くすると休憩する為にドトールに入った。普段慣れないカフェに入ってちょっと大人な気分だったけれど、一人読書をする大学生や、OLらしき人たちの中で私たち二人は確実に浮いていた。注文する際にサイズはどうされますか?と聞かれて私が小さいの、というとスモールでよろしいですか?と言われた。無言で頷いて慈郎を見ると、慈郎も小さいの。と言っていた。慈郎も同じ事を言われていた。そしてやたら脚が長い座りにくい椅子に座った。慈郎は椅子に座るなり音を鳴らしてオレンジジュースを飲んだ。慈郎のオレンジジュースを見て何故かげんなりした。私はココアを飲んでいた。

「家出なんて本当に出来るのかな」
「さあ、どうだろう」

今更不安になって、財布を開くと残る所持金は四千円だった。この四千円は今週末に出る好きなアーティストのCDを買うためのお金だった。出来れば使いたくない。

「慈郎あといくら持ってる?」
「ん?あーあと500円」
「は?まじで?」
「うん」

少ないとは言っていたけどここまでとは思わなかった。一気に不安になった。泊まるところもない。お風呂にも入れない。カラオケすら、私たちを拒否するに違いない。

「帰る?」

慈郎が私の心中を読み取ったように聞いて、私の返事を聞く前に慈郎は「俺は充分楽しかったし」と言った。慈郎の疲れきった顔は本当に帰りたそうだった。外に目をやると外はもう真っ暗で、急いで時計を見ると8時を回ったところだった。

「うん。帰ろっか」

私たちはトレイを置き去りにして店を出た。帰り道はずっと無言だった。何も話せないぐらい私は気が滅入っていた。慈郎は多分疲れていた。いらないものばかりが入ったボストンバッグが行き道よりも重く感じて泣きたかった。

家に着くと11時だった。慈郎にありがとうと告げると「また明日ね」と子供みたいな顔で笑ってゆるゆると自転車を漕いで帰っていった。私たちの家出が終わった。馬鹿みたいなボストンバッグを抱えて家に入ると、家出でもするつもりだったの?と親に鼻で笑われて人生で初めて本気で家出したいと思った。








inserted by FC2 system