幸せな悪夢





人生で一番楽しくなかった中学三年生。あまりにも楽しくなかった中学を卒業後私は立海へは進まず他校へ進んだ。一緒に上に行きたいなんてちっとも思ってなかったから友達と離れることは少しも悲しく無かった。もう絡むことも無いんだろうと思うと卒業式も清々しいものだった。

そんな私が今日、大嫌いだった中学の同窓会に行く。クラスで一緒に行動していた友人に行くのかとメールをするとエラーで返ってきた。一気に恥ずかしさと情けなさがこみ上げてきてエラーで返ってきたメールとその子のデータを削除した。でも、その友達が来ようが来なかろうが私にはどうでもいい。
私が行く理由は仁王雅治だけだ。

中学の頃仁王雅治は私にとって特別な存在だった。憧れという表現が一番近い気がする。彼の気怠そうな雰囲気や、独特の髪色や、何を考えているのか分からないところや、生活観が無いところや一匹狼なところが大好きだった。でも付き合いたいと思うことは無かった。ただ同じクラスに居てくれるだけで良かった。
彼はクラスメイトとは大幅に違った。彼と私も違うことはよく分かっていた。その証拠に私と彼は言葉一つすら交わしたことが無い。だけどどこか親近感が沸いていた。そんな彼の存在は中学を卒業してもずっと私の中で褪せる事なく特別で、彼なら私のことを分かってくれそうな気がしていた。

「久しぶり〜」

予定の居酒屋に入ると昨日エラーでメールが返ってきた子が一番に声をかけてきた後皆も続々と声をかけてきた。皆はとても垢抜けていて、可愛くなっていた。私を見て「昔と何も変わってないね」と垢抜けた元友達たちが笑う。「そう?皆も全然変わってないね、懐かしいな」と思ってもないことを言いながら席を見渡しても何処にも仁王雅治は居ない。
来なければ良かった。仁王雅治が来ないならば私が出席した意味は一つも無い。再び会える都合のいい妄想をしていたけれど、確かに仁王雅治は同窓会なんて来なさそうだ。
とりあえず一番端の席につき息苦しさを感じながらゆずサワーを頼んだ。

「最近何してるの?」
「えっと、OLしてるよ」
「あーぽいぽい!」

皆が声を揃えて言った。本当はドラッグストアでアルバイトをしている。見栄を張って吐いた無意味な嘘が虚しい。私の事なんて興味が無いのかしてそれから誰一人話題を広げようとしなかった。空気に耐えられなくなって皆に今何をしているのかと聞くと大学生だったり、就職している子はOLや美容部員、美容師になっていた。分かりきっていた筈の私との違いに改めて気付かされ余計に帰りたくなった。やっぱりここは私の居るべき場所ではない。
皆が会話を探していた時、一人の子が明るい声をあげた。

「そういえば、今日仁王くん来てないね」
「だよね?思った!」
「えー来ないのかな!?」
「あー、来なさそう!」
「来たらいいのに!私メールしよっかな」
「え、アドレス知ってんの!?」
「あー、んー、っていってもアド変ぐらいしか送らないけどね」
「へええいいなー!私知らなーい」

「なあ、仁王なら遅れてくるぜぃ」

私以外の皆が騒いでいると、相変わらずな丸井君が言った。仁王雅治の話で騒ぐ女子を見ていると何だか息苦しくなって私は化粧ポーチを持ってトイレに逃げた。いきなり出てきた彼の名前に動揺して口を開く間も無かった。何故あの子は仁王雅治のアドレスを知っているんだろう。中学時代にあの子が仁王雅治と喋っているところなんて一度も見た事が無い。誰も連絡先なんて知らなくて、今何しているのかすら分からないようになっていると思っていたのに。
でも、仁王雅治が来る。仁王雅治が来たらそれだけで私は救われる。

暫く用の無いトイレに篭った後、チークを頬いっぱいに塗って、唇にもグロスを塗って席に戻った。席に戻ると仁王雅治はもう来ていた。彼は丸井君や他の男の子達と楽しそうに話している。先ほどまで彼の話をしていた女子達は酔った振りをしてしつこく丸井君や仁王雅治に絡みに行っていたけれど相手にされていなかった。
私はというとただこっそり視線を送りながらゆずサワーを啜っただけだった。昔からそうだった。別に期待なんてしていなかったからそれで良かった。でもそうしていると嫌だった中学時代に戻ったようだった。やっぱり今になっても私の救いは仁王雅治だけだ。

酔いも回ってきた頃に女子の提案で二次会に駅前のカラオケに行くことになった。丸井くんに誘われ仁王雅治も行くと返事をしていた。私も断りきれず、鞄を持って皆の後ろをトボトボ一人で歩いた。最初から会話に入りきれてなかったけれどトイレに行ってる間に完璧に乗り遅れた。別にこういうのは慣れっこだからいいけれど。無理をして入ったとしても乗り切れないのがオチだ。

「なあ、さん」
「・・・は、え」
「俺のこと覚えとる?」
「に・・・仁王雅治」
「下まで覚えてくれとるんか」
「や、あ、うん、まあ」
「このまま抜けん?」
「え・・・なんで?」
「な、俺車で来とるし、帰り送るし」
「あ、う・・・うん」

車のキーをくるくると回しながら少し笑って仁王雅治が言った。こんなに近くで仁王雅治を見たのは初めてかもしれない。予想外の事に冷静さを失っている自分が気持ち悪い。

居酒屋に居る時から感じていたが仁王雅治は前のような棘棘しさが無くなった。きっと昔の仁王雅治なら私になんて絶対話しかけて来なかっただろうし、前はこんな喋った事も無いような女に笑顔を見せなかったのに今は綺麗に笑った。
昔からの猫背が皆とは反対のほうに進んでいく。意味が分からないまま私もその背を追った。嬉しいと言うより不思議で仕方ない。こういう事に慣れないまま成長した私は異常なぐらい心拍数が上がっていた。

「ねえ、仁王・・・くんは何の仕事してるの」
「ん、何じゃと思う」
「見当もつかない。ショップ店員とか?」

昔はこんな雰囲気の人だとホストぐらいしか働けないんじゃないのと思っていたけれど、昔に比べ髪の毛の色も落ち着いているし前ほどのオーラは無かった。前よりも一般人らしくなった。昔の面影はあるが、昔に思っていた私の中での生活観がないとかそういう特別な感じは無くなっていた。探せばそれなりにいそうな彼からホストは連想されず、どんな仕事でもしていそうだった。

「普通に大学生、バイトはレンタルビデオ屋」
「あー・・そうなんだ」
「ガッカリさせたかのう」
「あ、いや、そういうわけじゃないよ」
さんは、何の仕事しとるん」
「フリーター」
「ほー」
「ドラッグストアの店員。ださいでしょ」
「そうか?あ、これ俺の車」

仁王雅治が乗り込んだ車は軽の中でも小さめの車だった。別に車で男を判断する訳じゃないけれど、外車に乗ってそうな中学からの私の仁王雅治のイメージは又もや本人によってぶち壊された。車の中は何も無くて、必要以上に冷房が効いていて、聞いたことも無い洋楽が掛かっていた。洋楽と車内のいい匂いだけが昔の彼を思い出させた。

「・・・何で私を誘ったの?」
「話してみたかったからかのう」
「え?」
「何か似とるような気がしとって、中学の頃親近感沸いとったんじゃ」
「・・・そうだったんだ」
「うん、だからさんがどうなっとるんか気になっとった。だから今日の同窓会も参加した」

私の思い過ごしではなかった。ずっと憧れていた仁王雅治が話した事も無かった私のことを気にかけてくれていた。今日、仁王雅治は私に会いに来たのだ。仁王雅治も同じように思ってくれているなんて考えたことも無かった。
中学の頃の私は救われた。

「そっか・・・」
「でも全然変わらんのう」
「でしょ」
「今日、来んかとおもった」
「迷ったんだけどね」

仁王雅治は少し嬉しそうに笑ったけど私には嫌味にしか聞こえない。今の彼はもう中学三年の頃とは違っていて、「私も似てると思ってた」なんて言えない。こんな風に昔の事を軽く話せる彼は大人になったのだ。私は中学の頃と何も変わっていない。こんな風に懐かしむ事すら出来ない。もう昔のように彼と私は似ていない。仁王雅治は私に変わっていて欲しかっただろうか。

「俺ずっと中学のときお前さんのこと好きやった」
「似てたから?」
「そうかもしれん」
「そっか・・・、じゃあもう無理だね」
「なんで?」
「もう似てないよ、仁王くんは変わってしまったから」
「変わっとらんよ」
「ううん。無理だよ」

口にすると現実味が余計に増してきて行き場のない虚しさが私を襲う。
仁王雅治はどうやって変わったんだろう。私だって好きで変わっていない訳ではない。変われるものなら変わりたい。変わって私じゃない誰かになってしまいたい。
仁王雅治が、私の特別じゃなくなった。彼にはもう前のような棘棘しさはどこにも無い。大人になるってきっとこういうことなんだ。

一回だけでいいから中学の頃の仁王雅治と話したかったと思う私は未だ大人になれない。






幸せな悪夢




(2010/4/30) inserted by FC2 system