久しぶりに会った友達がダブルデートしたいと言い出し、私と、友達と、私の彼氏、友達の彼氏4人で食事することになった。ダブルデートだと喜んでいた友達とは逆に私は憂鬱だった。断りたかったけど、断れなかった。それが昔から直そうとおもっても直せない私の厄介な性格だった。 こんな風に言い出すという事は、きっとよっぽど自慢したい彼氏なんだろう。私は彼氏を自慢したいとは思えなかった。焦って妥協した2年半ぶりのそこまで好きでもない彼氏。年が年だし一通りのことは付き合ってすぐにすましたけれど、やっぱり好きになれなかった。途中からは好きになる努力すらしなかった。それでも一人が嫌な私は、彼氏を手放すことはできなかった。 5分前に待ち合わせ場所に行くと、まだ友達しかいなかった。 「あれ?まだ、誰も来てないの?」 「あ、うん。そうなの」 「そっかそっか」 「うん、の今日の服すんごい可愛いー、いいな」 「え、いやいやそっちの服のほうが可愛いよ」 今年流行りのもので固められた気合いの入っている友達とは逆に、私は去年流行ったワンピースにセールで買った履きつぶしたミュールだった。ピアスもつけていないし、ネックレスも忘れた。いらないと言ったのに誕生日に無理やりプレゼントされたペアリングだけが、私を装飾していた。 「よ」 「おー、来た、えーっと、これ私の彼氏」 「あ、どうも〜はじめまして、高校の時の友達の莉子です」 「あ、どーも」 予定時間ちょうどに来た彼氏はいつもどおりだった。違うところといえば、いつも寝癖だらけの頭が今日はワックスできちんとセットされていたところぐらいだ。友達は普通という言葉がよく似合う彼氏にニコニコと無駄に愛想を振りまいていた。 「え、なんかすっごいお似合いだね?」 「あ、マジすか」 妥協で付き合った彼氏とお似合いだといわれても何も嬉しくなかった。嫌味にしか聞こえなかった。 「うん、お似合いで羨ましい」 「はじめて言われたよなー」 「ああ、うん」 全然羨ましくなさそうだった。お願いだから二人とも黙って欲しかった。帰りたかった。 「あ、来たー」 嬉しそうな声につられて友達の目線を追うと、友達の自慢の彼氏が居た。自慢の彼氏は友達に笑いかけた後、私と彼氏の前でぴたりと止まり口を開く。 「こんにちは、はじめまして。遅れてごめんね」 目を疑った。 私に笑いかけた友達の自慢の彼氏は、私が唯一本当に大好きだった元彼氏、幸村精市だった。 「・・・いえ、全然・・・、はじめまして」 「どもー」 信じられなかった。緊張と動揺で死んでしまいそうだった。というか死んでしまいたかった。二年半ぶりの彼は少しだけ髪が短くなっているくらいで何も変わっていない。落ち着きがあるところも変わらず、私みたいに動揺してることは一切無かった。そして、愛想がいいところも変わって無くて、元彼女の私の顔を見て本当に始めての人に会うかのように愛想よく笑った。 2年半前私は精市に振られた。理由は怖くて聞けなかった。 それからずっと今まで考えていた。私が人生の中で一番好きになる人は精市だったんだろう、これ以上人を好きなる事は無いだろう、と。確信だった。振られても、忘れられなかった。忘れたくなかった。一生引きずって生きていきたいと思っていた。こんな形で再会なんて別にしたくなかった。 頭の中を、付き合っていた頃の幸せな思い出だけが目まぐるしく回る。 「じゃあ、行こうか、予約してあるし」 「うん」 精市の後ろを、彼氏と歩く。隣で話す彼氏の話は耳に入ってこないのに、精市達の会話は自然と私に届いた。暫くすると精市の意外と男らしい腕に白くて細い友達の腕が当たり前のように絡んだ。違和感を感じているのは多分私だけ。私だってその場所にいたのに、当たり前のように腕を絡めて歩いていたのに。悔しくて、羨ましくて目が離せなかった。 「ここなの。予約してたお店」 「前来たところだね」 「うんうん、一ヶ月記念だったけ?精市が連れてきてくれた時すんごいおいしかったから」 「へー、こんな店初めてっす、俺らいつもファミレスだしな」 「うん」 友達が勝手に選んだお店はよく分からないが有名なフレンチの店だった。私はそういう類の洒落た料理が好きじゃない。彼氏と私はいつもファーストフード店に行ったり、ファミリーレストランに行ったり、まるで中学生のようなデートだった。それが気楽で良かった。無理に背伸びしようとしない彼氏のそういうところは好きだった。 「フレンチとか初めてだから嬉しいな」 「ほんと?よかった!じゃあはいろっか」 友達が率先として入っていく。洒落た店に気が引けて私は一番後ろを歩いて席についた。席についたはいいが、こういう店に不慣れな私と彼氏は友達と精市の真似ばかりしていた。その中で話されていく聞きたくない友達と精市の話、精市に聞いて欲しくない私と彼氏の話をしながら料理を食べた。いつから付き合っている、どっちから告白した、何処で出会った、いつも何をして遊んでいる、全て聞きたくなかったし言いたくなかった。それでも私は必死に話を聞いた。 待ち合わせの時よりは落ち着いたけど、結局緊張は解けなくて洒落た料理はうまく体にはいってこなかった。飲めないワインで流し込んで必死に食べた。運ばれてくる料理はどれも美味しいと思えなかった。ずっと帰りたかった。 「あ、ごめん、ちょっと俺電話、暫くでるわ」 デザートまで食べ終えた後、彼氏がすっと席を立つと、便乗したように「ごめん私もちょっとお手洗い」と友達は小さな鞄ごと持ってトイレに向かった。 彼女たちが行って数分、私からすれば数時間にも感じたその間、私は精市のほうを見れないでいた。精市の視線は恐らくこっちに向いている。分かっていても口を開くことはできない。何も話せない。何も思ってないかのように吃驚したよなんて笑うことは私にはできない。 精市は今どんな風に思ってるんだろう。自分が振った元彼女とこんな風に再会したというのに何でこんなに冷静でいれるんだろう。もう私のことなんてどうでもいいからなんだろうか。 「うそつき」 「・・・え」 吃驚した勢いで顔を一瞬上げるとバッチリ目があった。 「嬉しいなんて嘘だろ、フレンチとかそういうの嫌いって昔言ってた」 「え、あ、そうだったっけ・・・」 本当に覚えてなかった。付き合ってた頃の精市のことはよく覚えているけど、自分のことは全然覚えていない。付き合っていた頃の思い出といっても私が思い出すのは精市のことばかりだった。そんな事より精市が私のことを少しでも覚えていてくれた事が嬉しかった。 「うん、元気そうだね」 「うん、そっちも」 「そっちか・・・」 寂しいなと精市は笑った。精市と呼べば寂しくなかったんだろうか。あんなに仲のいい彼女がいるのに。私は寂しいなんて言葉では足りなかった。呼べるものなら呼びたかった。それでも呼ぶ権利なんて私には無かった。それに、呼んだときに友達や彼氏が聞いていたら面倒なことになる。友達が私の気付かないうちに戻ってこないよう、見張るように私はトイレのほうだけを見ていた。 「大丈夫だよ、アイツ一回行ったらいつも長いから」 「・・・あ、そう」 友達のことを私に教える精市に違和感を感じた。 「吃驚した?」 「そりゃあ吃驚するよ・・・」 精市は、「そう」と満足げに微笑んで、頬杖をついた。 「俺は知ってたよ、今日来る友達がだって」 「え、何で」 「高校の時のアルバム見せてもらったんだ」 「へえ、え、じゃあ、なんで断らなかったの」 「どうなってるか見たかったし」 「・・・そっか」 どうなってるか見たかった。軽かった。私も精市がどんな風になっているか見たかった。毎日気になっていた。毎日考えていた。何をしてるのか、何処に居るのか、何も知らない私は毎日のように精市の事を憶測で考えていた。精市の「どうなってるか見たかった」とは全く意味が違った。 「まさかこんな形で会うとはね」 「うん、・・・こんな形で会いたくなかったな」 私が精市に言える精一杯の本音だった。こんな形で、と言ったけれどこの機会がなかったら私と精市があう事なんて一回も無かっただろう。 「そっか」 「うん・・・」 「俺もちょっと後悔してるよ」 「え?」 「の彼氏と食事とか、思ってたより嫌だった」 「え、それってどう」 どういう意味、聞こうとした時にトイレから戻ってくる友達が見えた。 「ごめんごめん、長くなっちゃって」 「おかえり」 さっきまで目の下についていたマスカラを綺麗にアイシャドウで隠して友達が戻ってきた。精市はおかえり、と昔私に笑っていたように友達に笑いかけた。やっぱりさっきの言葉にも深い意味なんてなかったんだろう。期待していた自分がとても惨めに思えた。 「あ、彼氏さんまだなんだ?てか二人で何話てたの?」 「え、・・・あー、莉子の話。唯一の共通点だし」 「高校のときの話とかいろいろ聞いてたんだ」 「え、もー、恥ずかしいから話さなくていいのにー」 友達はやだなあと嬉しそうに笑った。「莉子の高校時代の話」なんて一回もでなかった。高校の時の友達のことなんて殆ど覚えていない。私の記憶は殆ど精市と付き合っていた時の事だった。本当に毎日が楽しかったし充実していた。今までで一番楽しかったことも、一番悲しかったことも、全部精市だった。精市は全てに於いて私の一番だった。 暫く莉子と精市がいちゃついている間にのそのそと彼氏が帰ってきた。この人と付き合っても私の一番は何も変わらなかった。 「おかえり」 「やっと切ってくれたしな」 「長かったね」 「ごめん、なんかバイト先からの電話でさ」 「ううん、私もトイレいったりしてたしー」 友達がまた愛想よく笑った。精市はもう私を見ない。 「じゃあ、そろそろ出る?」 「うん、そうだね」 「じゃあでよっか?」 「うん」 早く帰りたいとずっと思っていたのに精市と会うのはこれで最後かと思うと、帰るのが嫌だった。もっと話すことがあったんじゃないか。今更後悔ばかりが出てくる。そんな気持ちとは相反して、店を出ると私達は本当にあっけなく別れた。最後に「今日は本当に楽しかった。また、遊ぼう」とお決まりの台詞を4人で言い合った。この4人で遊ぶことなんてもう一生ないだろう。 名残おしく精市を見る私に「またね」と愛想よく笑いかける精市はやっぱり友達の彼氏だった。 (2010/8/12) |