「あいつらいつもあんな感じなんだ」 窓の外に視線を向け、幸村くんは私に語りかけた。幸村くんの視線を追うと、私が来るまで見舞いに来ていた友人らの姿があった。彼達は見舞いの後だとは思えない程にはしゃぎ楽しそうに帰っていた。 「楽しそうだね」 「うん。俺も、あそこに居るとすごい楽しくてさ。赤也とか可愛いんだ。あ、ひとつ下で中等部の3年なんだ。さっきいた癖毛の」 「ああ、居た」 「ちょっと馬鹿で、たまに本気で呆れる事もあったんだけど。でも、今思えばあいつらと居る時が一番楽しかったかなあ」 「いいね、そうやって思い出せる時があるのって」 「うん、そうだね」 幸村くんは今年の春、高校が始まってすぐに入院した。昔も罹ったことがあるらしく、クラスの皆は再発と表現していた。高等部から立海に編入し、内申点を上げる為だけに学級委員になりクラスの代表としてプリント類を届けに来ている私は幸村くんのことを詳しく知らない。けれど病気の話や、中学の頃の幸村くんの話は私が本人に聞かずとも、クラスの女子が自分から沢山話してくれた。 幸村くんはいつ来てもよく知らないただのクラスメイトの私を穏やかに迎え入れてくれる。そして、私が業務的に話す高校の事、プリントの説明をきちんと聴いてくれる。最初は、詳しく知らないクラスメイトの見舞いなんて、と憂鬱になっていたけれど、そんな幸村くんの人柄もあって今では憂鬱になることもなく、週に一回、幸村くんの病院にプリントを届けている。 「そういえば、聞いたけど幸村くんってテニス部の部長だったんだね」 「そうだよ。一応ね」 「すごいね」 「うん、すごかったのかな。でも俺、倒れちゃってさ。でも皆、俺が居なくても頑張ってくれたんだ。嫌になるくらい」 幸村くん自身からテニスの話や病気の話を聞くのは初めてだった。 それから、全国大会に行ったこと、決勝で青春学園という学校に負けたこと、個性的なテニス部の人達の話を聞いた。本当に嬉しそうに話す幸村くんはまるで中学生のように見えた。けれどたった一年程前の出来事なのに大昔のことのように語っていて、幸村くんの中ではもう遠い過去になっていた。幸村くんの中ではどれほどの時間が経ったのだろう。 病気でテニスが出来なくなった彼はもう部長でもテニス部でも無かった。 「じゃあさっきの人たち、皆高校のテニス部なの?」 「今は違うよ」 「え」 「赤也は中学で部長やってるけど、他のやつはまちまち」 「ふうん」 「可笑しな話だよなあ」 反射的に「何が?」と訊いて、適当に泳がせていた視線を再び幸村くんに向けると、幸村くんは俯きながら自分の手の甲に爪を食い込ませていた。暫くして私の視線に気づき俯いた顔を上げたけれど、それはもう私の知っている幸村くんでも中学生の頃の幸村くんでも無かった。何が?触れてはいけなかった。 「もう頑張ったからとか、遊びたいからとか、そんな馬鹿みたいな理由で辞めて、俺はしたくても出来ないのに」 「いや、でも」 「それでこうやって俺の見舞いに来て昔の事なんて忘れたみたいに高校の話ばっかり、嫌がらせかよ、いい加減にしてくれよ」 何も言えないで俯いていると、幸村くんは聞こえるか聞こえない程の声で「…本当、嫌になるよ自分が」と呟いた。その言葉に私が顔を上げると幸村くんは今にも泣き出しそうな顔で「嫌いになりたくないんだ」と弱く笑った。 彼の気持ちは痛いほど入り込んでくるのに「そっか」としか言えない私は幸村くんの傷のついた手を握ることも、現在の幸村くんを受け止めることすら出来ない。 |