知らないフリを、気付かないフリをしていた。気付いてしまえば終わりな気がしたから総てに蓋をした。

「なんか怖いよ」

彼女が怯えた顔をして、俺は知らないように大丈夫と彼女の手を握った。何も知らなければ俺は何も痛くない。

彼女がいればそれだけで良かった。一つ一つ丁寧に言葉を紡いでいく口の形や、髪の毛一本までが愛おしかった。湧き出るように彼女から落ちてくる涙を自分のものに出来ない事さえもどかしく感じる。

「精市が怖い」

気付かせるような彼女の言葉に俺は彼女の手をきつく握る事しか出来なかった。苦しすぎる。






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